平安藤原をかた朗記 CLM

マリーンズ高卒ドラ1カルテット マリーンズの平安藤原こと平沢大河選手 安田尚憲選手 藤原恭太選手 そして佐々木朗希選手の情報をまとめながら応援するブログです。マリーンズの情報もまとめております。

    カテゴリ: プロ野球情報



    1 牛丼 ★ :2020/10/19(月) 11:26:02.61 ID:CAP_USER9.net

    10.19(じってんいちきゅう)は、1988年10月19日に神奈川県川崎市川崎区の川崎球場でダブルヘッダーにより行われた日本プロ野球のパシフィック・リーグ、ロッテオリオンズ対近鉄バファローズの試合である。

    近鉄が連勝すれば近鉄のパ・リーグ優勝が決定し、近鉄が1つでも敗れるか引き分けるかで西武ライオンズの優勝が決定するという状況のもと、近鉄が第2試合で引き分けて、西武のリーグ優勝が決まった。川崎球場は超満員となり、第2試合途中から急遽全国的にテレビ中継が放送され(近鉄の地元、関西地区では第1試合開始当初から中継)、高視聴率を記録した。

    2010年にNPBが行った「最高の試合」「名勝負・名場面」調査では、監督およびコーチ、報道関係者の両者が「最高の試合」の第2位にこの試合を選んでいる。

    (出典 Youtube)


    【【回顧録】あれから34年 10.19ロッテ対近鉄 7時間33分の死闘】の続きを読む



    1 ギズモ ★ :2022/10/02(日) 23:35:10.33ID:CAP_USER9

    (出典 pctr.c.yimg.jp)

    ロッテ・オスナ

    ロッテのロベルト・オスナ残留を最優先の意向「残ることができたらうれしい」
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20221002-00000117-chuspo-base

    ◇2日 ロッテ5―3ソフトバンク(ZOZOマリン)

     ロッテの守護神を務めるロベルト・オスナ投手が、来季も残留を最優先に考えていると明かした。

     大リーグのアストロズに在籍した2019年にセーブ王を獲得しているオスナは、今季途中からロッテに加入。調子が出なかった益田直也投手に代わって8月中旬から守護神を任され、29試合に登板して4勝1敗10セーブ、9ホールド、防御率0・91の好成績を残した。

     今オフには大リーグを含めた争奪戦も予想されるが、「もちろん心からこのチームに戻ってきたいという気持ちはある」とオスナ。「僕もそうだけど、家族もみんな日本のことが好き。ぜひ日本に戻ってきたいなという気持ちはある。お互いいい話ができて、それでここ(ロッテ)に残ることができたらうれしいですけど。もしそれがかなわないんだったら他の選択肢を探さないといけないけど、個人的には家族も日本が気に入っているので」とロッテに残留のラブコールを送った。

    【【朗報】ロッテのロベルト・オスナ、残留を最優先の意向「残ることができたらうれしい」】の続きを読む



    (出典 blogimg.goo.ne.jp)



    1 神様仏様名無し様 :2022/02/19(土) 15:54:09.03

    社会人入ったら2年間拘束、しかも意中の球団に指名される保証なし


    【【検証】川崎ロッテは就職先としてそんなに不適当だったか?】の続きを読む



    (出典 auctions.c.yimg.jp)



    1 それでも動く名無し :2022/09/05(月) 23:11:39.00ID:KhgLALgG0
    セイバーメトリクスが普及しつつある昨今、果たして彼はなにを想う?

    【【検証】送りバントの漢とは?】の続きを読む



    1 砂漠のマスカレード ★ :2021/01/02(土) 15:28:06.49

    1987年
    落合博満(ロッテ)⇔牛島和彦、平沼定晴、桑田茂、上川誠二(中日)
    中日 +257.0/ロッテ -274.4

    落合博満    中日    打率.298、268本塁打、905打点    276.1
    牛島和彦    ロッテ    20勝25敗49S、防御率3.49    19.1
    平沼定晴    ロッテ    17勝19敗5S、防御率4.44    -28.4
    桑田茂    ロッテ    0勝0敗0S、防御率6.35    -1.6
    上川誠二    ロッテ    打率.271、29本塁打、136打点    -1.9

     1986年、4位に終わったロッテは稲尾和久監督を解任し、後任に有藤通世を据える。これに対し。稲尾を信奉する主砲の落合は「稲尾さんのいないロッテに自分はいる必要はない」と反発した。打率.360、50本塁打、116打点で2年連続3度目の三冠王となったばかりの落合は、年俸が日本人選手初の1億円を超えることも確実視されていた。財政事情が厳しいロッテにとってこの巨額年俸は重荷であり、先の発言もあってトレードの動きが本格化した。
     
     移籍先には、以前から噂のあった巨人が有力視されていた。しかし、ロッテが交換相手として、当時の主軸である原辰徳、中畑清を要求したのに対し、巨人が提示したのは松本匡史や角三男だったために交渉は難航。ここで、中日の新監督に就任した星野仙一が、巨人に落合を渡すのを阻止するため、エースの小松辰雄すらも放出する構えで動き出す。リリーフの欲しいロッテは抑えの切り札だった牛島を指名し、これに正二塁手の上川、若手投手の桑田、平沼を合わせた4人で合意を見た。

     牛島は中日での7年間で4度の2ケタPVを記録し、通算では47.4だった。上川は入団2年目の83年以降、毎年規定打席に到達し、86年は打率.295でリーグ8位に入っているが、通算PVは-5.2とそれほど良くはなかった。平沼はトレードまでは3年間で1勝3敗、防御率5.90、PV-26.4と実績に乏しかったが、21歳と若く、今後の成長に期待しての獲得。桑田は4年間で80試合に登板して6勝12敗、PV-11.4を記録していた。
     

    <中日>セ・リーグでも打ちまくった落合
     中日で史上初の1億円プレーヤーとなった落合は、セ・リーグでも球界最高級の打者であり続けた。この頃の中日は、かつて首位打者も獲得した谷沢健一が86年限りで引退。中軸の大島康徳は35歳となり、強打の遊撃手・宇野勝も86年に打率.211、10本塁打の大不振に陥っていた。中軸を任せられる打者が欲しかったところに、落合というこれ以上ない存在が手に入ったのだ。

     87年は打率.331、28本塁打、85打点で無冠ながら、PV51.6はリーグ2位。88年は打率.293で、規定打席到達で初めて3割を下回ったものの、32本塁打、95打点でPV37.9は1位。特に終盤戦は決勝打を連発し、優勝に大きく貢献した。その後も89年に40本塁打、リーグ最多の116打点でPV57.2は2年連続トップ。91年も打率.340、37本塁打でPV57.6はまたしても1位、中日移籍後で最高の数字だった。94年にFAで巨人に移籍するまで、7年間の合計PVは276.1。トレードで移籍した選手では、真弓明信の248.0を上回る最高値となっている。
     
     
     
    https://news.yahoo.co.jp/articles/74327e9b00076bf4e721b93827db999374f409a2
    1/2(土) 15:10配信


    (出典 www.nikkansports.com)


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    https://column.sp.baseball.findfriends.jp/show_img.php

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    (出典 Youtube)

    ロッテオリオンズ 上川誠二 ホームラン


    【【大検証】三冠王・落合の中日放出と引き換えに、投手力強化を目指したロッテの目論見は大失敗その3】の続きを読む

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